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【アラベスク】  第16章 カカオ革命



第4節 独立宣言 [2]




「どういう意味です?」
 詩織はスプーンでフリードリンクのコーヒーをかき混ぜる。片手には携帯。
「瑠駆真くんは美鶴にゾッコンみたいだから、知っていると思っていたんだけれど」
 携帯の写真を出されると気まずい。美鶴への想いを恥じるつもりはないが、さすがに母親と向かい合ってその話題を出されると、後ろめたさを感じる。
「美鶴の、美鶴さんの事は真面目に想っていますよ」
「あら、イマドキの高校生はずいぶんと大人びた口を利くのね」
 ケラケラと笑い、コーヒーをガブリと飲み込んで手の甲で口を拭った。
 口紅が右の頬に線を引く。ギョッとして目を見開き、慌てて注意しようとするのを、詩織の声が遮る。
「だったら、美鶴の火遊びについても、もうちょっと心配してくれていいんじゃない? それとも、そういうのは聡くん担当なのかしら?」
「え?」
 火遊び?
 首を傾げて向い合う相手。歪められた口元から伸びる真っ赤な口紅。その鮮やかさは目障りなほど異様で、瑠駆真は瞠目したまましばらく口が利けなかった。



 詩織から聞かされた霞流慎二という人物像。
 まさか、そんな人間に美鶴が恋をしてしまっていただなんて。しかも美鶴は承知の上。
 立ち止まり、思わず目を瞑る。
 それとなく聞いてみようと思った。だが、校内ではなかなか二人っきりになる機会を得られず、聞きそびれてしまっている。
 携帯でメールで聞く? いや、無理だ。瑠駆真からのメールなどにマメにレスしてくれるとは思えないし、もし話が本当だったとしても、正直に答えてくれるかどうか。
 それに、詩織の話が真実であったとしてもガセであったとしても、面と向かって答えてもらわなければ、納得できない。
 あんな情報は嘘に違いない。
 言い聞かせながら、それでも無視する事はできない。なにより情報源は美鶴の母親だ。

「そういうのは聡くん担当なのかしら?」

 聡。彼なら何かを知っているのだろうか?
 唇に手を当て、再び歩き出した時、その人影に気が付いた。子犬のような瞳をクリクリさせ、マフラーに顔の半分までを埋め、道路の向かいから唐渓の校門を見つめている。
 あれは。
 瑠駆真は再び立ち止まってしまった。





「うー、さぶっ」
 背中を丸めて首を竦める。そんな聡に脇からそっとマフラーが差し出される。
「よろしかったらお使いください」
「悪いけど間に合ってる」
「あぁら、そんな薄っぺらい襟巻きなんて、なんの役にも立ちませんわ」
 チロリと冷ややかな視線を向ける。
「こちらは100%カシミヤ。軽くてとっても柔らかですのよ」
「あっそ」
 素っ気無く答え、視線も向けずに校門へ向う。
「あ、待ってください」
 懲りもせずに追いかける女子生徒。
「せっかくですので使ってください」
「お前が使えよ」
「私のはあります。ほら、ペアですのよ」
 首に巻かれた色違いをつまみ上げ、上目遣いで瞬いてみせる。そんな相手にうんざりとため息を漏らす。
 取り巻きは相変わらず減らない。バレンタイン当日などはすごかった。朝から次々と包みやら小箱やらを差し出され、突き返しても無理矢理ポケットなどに押し込んでくる輩もいた。
 欲しい人からは貰えねぇし。
 ボソリと心内でボヤく。
 別に期待をしていたワケではない。貰えないのはわかっていたし、義理で貰っても虚しいだけ。でも、やはりひょっとしたらといった期待もあった。
 義理でもあげると言われたら、やっぱり嬉しかったのかもしれない。
 でも、あんな事があった後だしな。
 脳裏で、捨てられた子犬のような瞳が、物欲しげにこちらを見ている。
 なんだってあんなヤツに好かれなくちゃならん? 迷惑この上ないってヤツだ。だいたい田代のヤツ、俺のどこが好きだって言うんだ? あんな施設に籠もってて、頭でもおかしくなったのか?
 考えれば考えるほどわからない。わからないし、嬉しくもない。
 むしろ迷惑。
 美鶴、俺と田代がくっつけばいいだなんて、本気で思ってたりしてねぇだろうなぁ。
 それこそ考えたくもない。
 俺が美鶴以外を想うなんて、そんな事は絶対にあり得ねぇからな。
「あり得ねぇ」
 思わず出してしまった唸り声に、ひょこひょこと付いてきた女子生徒が目をパチクリさせる。
「何がですの?」
「関係ねぇよ」
 冷たく答え、振り払おうと歩調を速めた時だった。その姿を見かけ、思わず立ち止まってしまった。
「田代」
 名を呼ばれ、里奈は思わず身を震わせる。だが、視線を逸らせる事はなく、意を決したように一歩を踏み出した。





 どうして?
 混乱する頭を捻くり返す。
 どうしてあんなに気合を入れて説得なんてしてしまったんだろう?

「会いに行けばいいじゃん。滋賀まで飛んでいったのに、いざ本人に会えるとなると怖気(おじけ)づいたか?」

 まるで挑発でもするかのような言い草。ツバサはそんな美鶴にありがとうと笑った。
 別に私はツバサのためを思ったワケじゃなくって。
 しどろもどろと言い訳してみる。
 じゃあ、どうして背中を押すような事なんてしてしまったのだろう。そもそも、どうして夜の繁華街になんて連れて行ったのだろう? 霞流の正体がバレるかもしれないのに、結果的にはバレてしまったのに、どうして自分は、ツバサと霞流を会わせてしまったのだろうか?
 お節介。
 そんな言葉だけでは説明できない。







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